汽車のある日常

汽車は毎日のように見ています。

が、あまりにも早く通過してしまうのでゆっくり見る事がありません。

恐らく間近で見るのであっという間なのでしょうね。

 

父の実家では緩やかに走る汽車を見て「きしゃだきしゃだ」とはしゃいでいました。

緩やかに走っていたのは、見える位置から数百メートル前に駅があったので走り始めだったのでしょう。

 

トコトコと走る音が懐かしいです。

 

今毎日聞く音はガタガタガタガタ!!!!!なので(笑)

 

乗って居る時の音は更に迫力があります。

 

プシュー、ギィィ…ガタンゴトンガタンゴトン…ガターンゴトーンガターンゴトーンガターンゴトーンピコピコピコピコ…プァーン

 

警笛はトンネルを通過する際に聞きますが、たまに長く走ってると鳴らしているようです。

 

父が子供の頃の70年代前半あたりは汽車が出発の旅に警笛を鳴らしてたので怖くてたまらなかったそうです。父はおじみそなのです。

 

父が10歳の頃(70年代前半)までは駅に駅長さんたちがいたそうです。今も残る駅にはカーテンが閉まったままの窓口が残ってあります。

駅の待合室から出たところにリヤカー置き場と書いてあるスペースもありました。

当然私が高校生の2000代後半頃はリヤカーは置いてありませんでした。

 

木造の駅舎にボットン便所、丸ポスト、近くの酒屋が切符を販売(買わなくても乗車してから車掌さんから買ったり降車後支払いもできます)。

 

車に乗るようになってから汽車に乗る機会ががくんと減りました。

県南に行く際は車で行くのは怖いので汽車に乗ります。

あと駐車場の無い試験場に行く時も汽車で主要駅に行ってますねバスを乗り継いで会場に行きます。

車ばかりの生活だと汽車とバスに乗るのは年に指で数える位で、その日は割と特別な日だなあと思います。

友達の赤ちゃんを見に行った日、星野源の「肌」を聞きながら秘書検定の試験を受けに行った日、落ちてしまった簿記の試験を受けに行った日などなど。

 

徳島駅までは20駅以上飛ばすので汽車に乗り込むと、もうこの駅には帰ってこれないのではと寂しさを感じていました。

異世界への列車に乗ってる感覚に。

 

今乗ってもきっとそんな感じになるのでしょう。